2024年のパリオリンピックが終了して1週間が過ぎました。メダルの獲得数は金20・銀12・銅13の総数45で過去最多の結果に終わりました。個人的には少しかかわっているフェンシングにどうしても目が入ってしまいました。フェンシングはフルーレ、エペ、サーベルと3種目あります。フルーレはターゲットとして頭と手足を除いた胴の部分をつきます。ただし、慣習の剣として先に攻撃の行動を起こした選手に得点の優先権(攻撃権)が与えられ、優先権を取られた選手はその剣を払わなければ得点の権利を与えられません。エペは全身をターゲットとし先に突いた選手に得点が与えられ、1/4秒以内の同時の突きでは両方に得点が与えられます。3種目の中では、エペの人口はルールが簡単なためか最多と言われています。サーベルはターゲットが胴から上で、突くことと切ることができます。サーベルもフルーレと同じように優先権が設定されます。すべての種目は得点が電気審判器で表示されます。
日本の成績は、男子エペ個人と男子フルーレ団体が金メダル、男子エペ団体が銀メダル、女子フルーレ団体と女子サーブル団体が銅メダルと過去最高となる合計5つのメダルを獲得しました。どの種目の決勝あるいは銅メダルの戦いも面白かったのですが、今回のオリンピックでは特にエペ団体の決勝が手に汗を握る試合でした。
どの種目も団体戦は2チームのそれぞれ3人の選手の総当たりで9試合が行われ、あらかじめ出場順序が設定されます。多くは最後にエースの選手が来るように順序を定めます。勝敗は1試合3分の試合経過か、どちらかのチームの累算得点(個人の得点を加算したもの)が5の倍数に達した時に選手を交代し、9試合終了した時に得点の多い方かそれとも最後の試合の時間内に45得点したチームが勝利を得ます。フルーレとサーベルは45得点で決することが多いのですが、エペは9試合の時間一杯で得点の多い方が勝利となる場合がしばしばあります。これは全身が得点のターゲットであり、しかも得点するには、完全に相手の剣をフェイントかターゲットの外に払うかをしなければならないのですが、その時にカウンターアタックを受けるためと思われます。一般にカウンターアタックはボクシングなどでもそうですが先に仕掛けたより早いためで、どうしても攻撃に慎重になり、そのために時間を費やしてしまうからです。そのため攻撃を促す意味で1分間両者に得点がない場合は警告を受け、この警告が3回になるとその時点で得点の多いチームが勝ちとなります。
エペの決勝は日本対ハンガリーでした。日本のチームにはエペ個人で優勝した加納選手が含まれています。8試合までの日本とハンガリーのスコアは、1−2、2−5、6−7、7−10、9−12、11−14、16−17、18−20と日本が2〜3点負け続け、しかも両者に1分間得点のない時間が2度あって警告を受けていたため、得点が負けていることにより攻撃をしなければならないハンディがある苦しい試合となりました(得点は各試合の選手の得点が累算されていきます)。そして最後の9試合目が日本は加納選手、ハンガリーはシクローシ(SIKLOSI)選手でした。金メダルをかけた最後の試合が始まります。試合時間は3分間です。以下に加納選手とシクローシ選手の得点経過を表で示します。
残り時間(分秒) |
日本の得点 |
ハンガリーの得点 |
2:28 |
19 |
20 |
1:53 |
20 |
20 |
1:28 |
21 |
21 |
1:03 |
21 |
22 |
0:36 |
21 |
23 |
0:30 |
22 |
24 |
0:24 |
23 |
24 |
0:11 |
24 |
25 |
0:698 |
25 |
25 |
加納選手は残り時間1分53秒で20:20と一度追いつきますが残り1分03秒で突き放され残り30秒で2得点の差をつけられます。しかし、信じられない場面が起こります。脅威の粘りでなんと残りわずか6秒98で得点をタイにします。その後は両者時間を流して1分間の1本勝負となります。解説者はここで赤ランプがつけば日本金メダルと叫びます。
最後の1分間の試合が審判の「アレ」の掛け声で始まります。アレとともに両者は適当な距離を取りつつ前後のフットワークとともに剣を叩いたり、接触させたりしながら約12秒間動きを続けます。残り時間48秒になったところでシクローシ選手が軽く相手の剣を叩いて沈み込むようにして加納選手の腕から胸・腹側に突きを行います。加納選手は腕を立ててこの突きを交わすとともに相手の剣を右側に払い、その剣を右回りに上から回転させて相手の腹側に突きを試みます。シクローシ選手は剣を立てるように腕をひき、その突きを交わし、逆に加納選手の腹側に突きを行います。この剣を加納選手は左から右に払い、連続して相手の剣を下から上に払い、少し相手の左側(背中側)に手の平を返して剣をしならせてながら突く動作を見せます。これは私の憶測ですがこれは加納選手の得意なフェイントだったのではないでしょうか。この突きを見せた後に手首を右に廻し相手の剣の上を右回りに回転させ剣をしならせて深い突きにいきます。この深い突きに入る瞬間にシクローシ選手はこのフェイントを無視して腕の長さを生かした浅い突きをカウンター攻撃として行います。突きに入る動作は僅かにシクローシ選手の足が早く前に出て見えました。このカウンターの突きが加納選手のツキより早く加納選手にヒットし緑のランプが付いてしまいました。スロービデオで見ると加納選手の突きもシクローシ選手の腹に深くヒットしています。
両者のヒットの後にシクローシ選手も加納選手も同時のマスクを取っていますから、加納選手はこの攻撃に同時突き以上の自信があったのではないでしょうか。この間、ほんの2秒の攻防で試合が終了した時の残り時間は46秒でした。
こうして僅かの差でハンガリーが優勝しましたが、両者の戦いは歴史に残るような試合だと思います。次回のオリンピックでは必ず日本が雪辱してくれるでしょう。