「コムカラ峠」、Google Mapで位置を確認すると千歳市から北北東にある小さな峠です。最近、この「コムカラ峠」と題したノンフィクションを読む機会がありました。コムカラ峠は千歳から追分に抜ける道で、北には南空知と石狩平野が見渡せ西の方角には樽前山と風不死岳が原生林の中に浮かび、その中に支笏湖がひっそりと佇んでいることを想像させる眺望の地であり、この地方に暮らす人々を悠久に見守ってきた峠とあります。この本は悠久の時間の中で主人公が5歳ごろから中学2年生くらいまで過ごした時間をクリップした物語です。主人公は「とし少年」お手伝いさんは「としさん」と呼んでいます。とし少年は母親の事情で苫小牧から5歳ごろに千歳に移住し、苫小牧を望郷しながらも成長していきます。話のストーリーは是非皆さんが読んでみて下さい。
本を読んでの読後感は、まず、文章が読みやすく大変みずみずしく感じることです。私は根っからの理系人間(自分でそう信じている)で文学の世界からは程遠く、コナンドイルや西村京太郎のような探偵小説、宮城谷昌光による中国歴史小説は電車に乗っている時間や夕食の支度の間によく読みます。そんな私が文章をみずみずしいなんて思うのはおこがましく作者に申し訳ないと思うのですが。
「コムカラ峠」の文章はまるで映画を観ているようにイメージが頭に浮かびます。背景の自然の描写、その中での「とし少年」の心の移り変わり、お母さんやお母さんのもとで働く女性たちの動きが映画を見ているように具象化されるのです。特に自然の描写は登場人物の心の動きと一体化していて、背景(風景)、人物の心の動き、語られる言葉、というふうにエクセルの表を作り分析すると時間の流れに沿ってまるでシナリオが作れるようです。
自然の描写の素晴らしさは例えば次のような文章として現れます(私の好きなところです)。
「枕木の隙間から青々とした湖面が見え隠れしていることに気が付いた。除くと深淵の透き通った湖底に明かりが揺れ動き、白い砂が奇妙な縞模様を描いている。その砂の波紋が手招きするように揺らめき、思わずめまいが起こり湖底に吸い込まれそうになった。」
自然の描写の素晴らしさは挿入されているカットがからも分かります。一瞬にして捉えた形を一本の線で捉えた形であっという間に本質を描いたような素晴らしい絵です。その中にも意外と細部が書き込まれたようなカットもあります。こうしたカット画を描けるからこそはっと思うような自然の描写を「とし少年」の心情にシナジーさせて描けるのだと感じました。
支笏湖から東に向かって千歳市の中心を流れ、南空知を北上して石狩川に注ぎ込む千歳川もその流域に住む人々の心と生活を支えてきたことが見えてきます。千歳川が距離的には近い太平洋に注ぎ込まず紆余曲折して日本海に注ぎ込むのも不思議に思いました。いつも旭川から札幌へ向かうときに江別付近で列車が渡る一つの鉄橋の下を流れる川の表示が千歳川とありましたが漸く千歳川の源泉を知りました。
石狩川に回流した鮭が支流の千歳川に入り、そこを遡って千歳市から支笏湖へ向かい、千歳には日本で最初の鮭養殖場と鮭を捕獲するインディアン水車ができたことも知りました。私は旭川育ちで子供の頃は旭川市のシンボルとなっている石狩川にかかる旭橋の下にたくさんの鮭が遡ってきたと聞いたことを思い出しました。旭川に上ってきた鮭も千歳に上ってきた鮭もロシアで育ち、石狩川に戻り、一つの種族はさらに石狩川を遡り、一つの種族は千歳に戻っていくのも自然の不思議さを感じます。
ビー玉遊びや小さな川で魚を追いかけるなど、私の子供時代の遊びも懐かしく思い出しました。
「とし少年」は中学生までいくつかの事件や冒険を経験し逞しく育っていきます。読後に序章を読み直すと「コムカラ峠」というノンフィクションの全体が改めて蘇ります。
ちなみに主人公の「とし少年」は、現在、(株)北海道総合技術研究所相談役の萱場利通氏です。
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2024.07.16
コムカラ峠
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