複雑ネットワークと感染症
監査役 古川正志
第5波のコロナがようやく収束しつつあり,政府は緊急事態宣言を解禁しました.ところで感染症の広がりがどのようなメカニズムで広がるのでしょうか.少し古い話になりますが1990年代ごろから複雑ネットワークと呼ばれる理論が物理学や情報学で広く研究されました.複雑ネットワークは,人口の世界や自然の世界に存在する物と物(私たちの世界では人と人)とも言い換えることができ,例えば,道路網,世界の航空機網,送電線網,生物界の給餌関係,等とあるものの集まりとその関係(つながり)によって出来上がるネットワークです.
複雑ネットワークの最もクラッシックな理論にスモールワールドネットワークモデルがあります.このモデルの特徴は,物と物のつながりが6つのリンクで繋がるというものです.なぜこのようなことが起きるのか,起きる理由として二つの指標が考えられています.
コオロギの例でこの指標を説明します.
10匹のコオロギが10匹すべてのコオロギの鳴き声に耳を澄ましているとします.コオロギをネットワークの点.互いに鳴き声に耳をすましている関係をネットワークのリンクとします.リンクの総数は9+8+...+1=45本になります.のリンク数になります.すべてのコオロギ間で繋がる最小のリンク数は,全ての点から1になります.次に 3匹のコオロギとしかつながっていないリンク総数は3x10=30本になります.ただし,2匹は双方で繋がるので実際はこの半分の15本がリンク数になりますリンクの総数分の3匹のリンク数を計算すると15/45=0.33くらいになります.これをコオロギに密集度として一つの指標にします.
次に10匹はお互いに何匹を経過して繋がるかを,すなわち繋がるリンク数を考えます.一番遠いコオロギへの最小のつながりは3本くらいになります.一番近いコオロギへのつながりは1本ですから,だいたいリンク数2.5本くらいでつながります.これを二つ目の市場とします.うち3匹が繋がる組み合わせの数は,数を考えます.ノードから出ているリンクの個数を次数といいます.この場合,最も遠いコオロギ(11匹目)につながる最小のリンク個数は6,他のコオロギに届く最小リンク数の平均(平均最小リンク数)は3.02になります.
ネットワークの構造は,この指標で調べることができます.これを私たちの知人に当てはめると.クラスタリング係数が約0.19~2.2で最小平均リンク数が約5.5になります.つまり世界(あるいは日本人)のつながりは6人でほぼ誰でも繋がっていることが分かります.感染症は人間世界で人のつながりがあり限り世界に広がります.このモデルのリンク数を下げる一つの要因にいくつものクラスター間を行き来するクラスター間のショートカットをするリンクが存在することも分かっています.クラスター間の間を行き来する(ショートカットする)人がやはり感染症が広がる大きな要因になります.
もう一つの複雑ネットワーク理論を解析するモデルとしてスケールフリーモデルがあります.スケールフリーとは,多くの物に繋がる物,つまり多くのリンク数を持つ点をリンク数の多いものかた順番に左から並べて行くと恐竜の頭から尾にかけて描かれるような曲線のようなグラフィができることを言います.例えば,小学校で教わる反比例の曲線のような形です.このようなグラフになる例は,世界の飛行場からの行き先数を多いものから並べる,人口の分布を多いものから並べる,等多くの場面で見られます.リンク数の多くある点をハブと言います.
人間世界の知人関係もこのネットワーク関係を持つと言われ,特にツイータやフェイスブック等のようにSNSに多く見られる現象です.このようなネットワークでは,ハブとハブをつなぐリンクが必ず存在します.感染症では,一つのバブとなる人間に感染症が伝染するとハブ感をつなぐリンクによって別のハブに感染し,同じようなことが連鎖しますから,あっという間にネットワークの隅々に感染していきます.この場合,ハブの中心的人物を隔離するとともにハブ間のリンクを持つ友人を隔離していく必要があります.
これら二つの複雑ネットワークは,次のような対策を教えてくれます.
(1)スモールワールドモデル
(a) クラスタリング係数を小さくするためには密な集まりを作らないようにする
(b) 地理的に遠くの人との行き来をするショートカットリンクを取り除く
(2)スケールフリーモデル
(a) ハブとなるようなできるだけ人付き合いの良い人には近づかない.ハブの飛行場の
ような場所は閉鎖する
(b) ハブ間をつなぐような複数のグループに属する人を隔離する
しかし上記のようなことを人間に行うのはなかなか大変なことです.世界的なパンデミックを引き起こさないためには多国間をつなぐハブ空港を閉鎖するのが有効な手段であることが分かりますが,人の付き合いで人間間のショートカットリンクの役目をする人を監禁したり,ハブとなる人を拘束することは人道上許されないでようから,感染症を防ぐのはなかなか大変と言えると思います.
(感染症については,マクロな視点から見た捕食者(コロナウイルス)と被食者(人間)の関係を示すボルテラの方程式やSIR(S:感染可能人数,I:感染者数,R:感染回複数)モデルなどがあり,シミュレーションできます.こうした科学的モデルから冷静にコロナ対策を生み出すのも学問の役割ではないでしょうか)